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ガンプラといふものを、我もしてみむとてするなり

2児の親父がガンプラ以外にも手を出していて、いつも慌てふためく制作日記

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父が亡くなった日

無事に送りだすことができたので、事後処理しながら筆をとる
火事の時と同じく延々と自分語りになりますので、スルーしてくださるのが得策です
なんと言うか自分としての備忘録です































2月22日20:32、父が亡くなりました
長寿社会のこの時代では早すぎる、60歳です
ちゃんとした死因はありません


サッカーを始める次女の為にスパイクを買いに行ってた時に
実家にいる妹が錯乱状態で電話してきて
父が倒れ心肺停止と言う連絡を受けたのが19:00
浴槽の中で倒れているのを母が発見し、救急隊員が蘇生しているとのこと
同じく大阪にいる弟と帰る用意をして、出発としようというところで
母から電話で死亡が確認という連絡を受けました

大雨の中、高速を飛ばして、運び込まれた病院に着いたのは23:45
なんとか搬送の前に一目見ることが出来ました。

落ち着く間のなく父は実家へ搬送されました。
お医者さんからの話を聞くには死因の特定にはいたらず
CTでは脳には異常がなかったので心臓だと思うが、解剖しないと特定できないので
とりあえず「虚血性心疾患」としましたとのこと
本来なら事故扱いで、警察による検死が入る可能性があったのですが
お医者さんのお蔭でそうならずに、少し早く家に帰ることが出来ました

家につけば、すでに村内の親戚筋が揃っており、日程をどうするか協議
まず、喪主は自分ということらしい
てっきり母だと思ってたけど、なぜそうなったかは誰もわかってません

週末に子供の2分の1成人式があるので、そちらにも出席させてあげたいと思っていたので
その日中に通夜をしたかったのでが、あまりにも時間がなさすぎるということで
24日通夜、25日葬儀に決める
(滞りなく終わったので妻子供で一旦帰宅して学校には行けました)

また、家でするのがしきたりですが、家から棺が出ることが出来ないので
セレモニーホールですることに
自宅派の方々はいい顔しませんでしたが、物理的に無理なものは無理と言うことで
納得してもらいました

睡眠もろくにとらずに朝から枕経をあげてもらい
ちょっとしたらまた葬儀の打合せ
村のしきたりなぞ全然知らないので、村の親戚の方からあれこれ教えてもらう
昔は血縁関係のない村親戚て何だよと思ってたけど
この人たちのおかげで今回やりきることができ、本当に助かった

その日の晩は、悔やみ受けと言って村の人たちが来てくださった
本当は家に上がって顔を見てもらいたかったが、
部屋が狭く出入りできるスペースがなく、仕方なく玄関先に遺影を置いて
そこで対応することに。


24日は納棺のため昼に自宅を出発
その時も村の方が見送りに来てくださり、感謝の気持ちでいっぱいでした。

納棺の時もセレモニーの方が丁寧にしてくれ
綺麗な顔を見たら、ようやく涙が出たというか泣くことができた

通夜のため続々と親族がやってきて対応に追われていたら
今度はあっという間に通夜の時間
喪主として受付からちょっと離れたところで弔問客の対応
父が退職して数年経つが、元上司、同僚の沢山の方が弔問に訪れていただいた
また15年ぶりくらいに自分の村唯一の同級生が来てくれた時は嬉しくて涙した
会社の社長から上司、先輩まで大阪から訪れていただいたときは
驚きを隠せませんでした

通夜での喪主のあいさつはぐたぐたでした
ホール側からテンプレみたいなの貰ったので、そのまま書き写し読みましたが
途中でアドリブいれてしまったせいだと思います。

通夜が終わっても休む暇もなく、明日の準備
線香の番もしてたので結局寝てないかな


25日葬式、この日が本当に最後だと思うと、朝から胃が痛む
昨日同様、いろんな方が訪れていただきました
出棺の為、ふたを閉める時は流石に号泣して膝から崩れましたね
それでも、その後の進行のために、涙が引くのを感じると
そんな自分に嫌悪しました

最後のあいさつは、カンペ用意しましたが
結局通夜同様ちゃんと読めた気がしません
カンペずっと見て読んだだけですが
参列者へのお礼はちゃんと皆さんの顔を見て言えました


火葬場ですが、ここはトラウマの一つなんですよね・・・
祖父が亡くなった時、父が窯のスイッチを押す時の泣き崩れる姿が残ってるんですよ・・・
火葬場の名前を聞いたときはまさかと思いましたが
祖父と同じ場所でした

案の定、自分が最後のスイッチを押すんですよ・・・
さすがに正常ではいられなかったです
だって、自分がトドメさすんですよ
押してください言われて、わかりましたとすぐ押せるわけないです
職員に急かされて、泣き叫びながら押しましたよ
押してからは妻に止められるまで壁殴ってたみたいです
母、祖母も泣き狂ってました。

納骨は思っていた以上に綺麗な状態で
のど仏もしっかり収めることができました




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

まぁ、最初から最後までバタバタしてしまった感じです
親戚、村親戚のみなさん、親の仲人さんの力がなければ無理でした
みんなはよくやってくれた、立派だったと言ってくれますが、
この人たちの手前、評価だけは落としたくないという見栄だけでやり通したものです。

世間知らずの自分に対して、父が身をもって勉強をさせてくれたのだと思っています

悔やむべきは一緒に酒が飲めなかったことですかね・・・
「親孝行 したいときに 親はなし」
本当、その通りだと思います

こんなこと言うのは何ですが、いつ何時みなさんにも起こりうることです
一度でも雑談程度でも話をしておくのがいいと思います。
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コメント

こんばんはw

僕の方も妻の母が1年ちょっと前に亡くなりました。
妻の父も7年ほど前に。
男手がないもので対応はどちらともほぼ僕の方で行いました。

妻もあまり親孝行できなかったと言ってましたね。

まだしばらくいろいろとお忙しいことと思います。
上手い言葉はかけられませんが、故人を思い出しご家族で偲んだり、遺影に話しかけたりしてあげることも供養だと思います。

お悔やみ申し上げます。

kobaruto #- | URL | 2015/03/01 23:39 | edit

>kobarutoさん
ありがとうございます
この1週間バタバタしておりました
振り返えってしまうと後悔することの方が多いですね

実家には母と妹も残しているので心配事は尽きませんが
連絡は密にしていこうと感じています

fixy #- | URL | 2015/03/02 10:59 | edit

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